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田中圭一『うつヌケ』読了

独り言

ネットで話題だった『うつヌケ』が書籍になったので購入した。
私も「うつヌケ」した人間なので「あるある」と思ったり、「私はこうではなかったなあ」など、いろいろ思いをはせながら読んだ。
うつ闘病記の漫画といえば『ツレがうつになりまして』がベストセラーになった。でも、それはうつ病本人というより、「配偶者がうつ病をになった」という視点で描かれたものだった。*1
この『うつヌケ』は、まず、著者の田中圭一氏がうつ病になり、「うつヌケ」した人だ。そして取材対象は、著名人、芸能人から、会社員の人まで、幅広く取材されている。
双極性障害Ⅱ型、自覚のないうつ、気圧や天気による突然リターン(再発)、といった、一人の闘病記では描き切れない部分まで、ふれているのもいいと思う。

私は十代後半から、うつになった。その頃は今と違って、「うつなんてものは根性がない人間がかかる怠け者の病気」、そんな認識が根強い時代だった。
当然、うつに関する情報が少なく、自分がうつだなんて、ひとかけらも思っていなかった。
眠れない、そうかと思ったら泥のように眠り続ける。だるい、布団から起き上がれない。何を観て面白くない。本を読んでも文字が滑っていく、その他にもいろいろあったけど、これらはすべて、自分が甘えているんだと思っていた。
体を無理やり引きずって、講義に出た。留年したら、親に迷惑をかけると思っていたから。
講義によっては、その日の授業の感想を書いて提出するものがあった。
ある授業で、私は、授業とは全く関係ない「毎日がつらい」「消えたい」といったことを、ひたすら書き連ねて、提出した。たぶん、限界だったのだと思う。
次の日、私にその授業の先生から呼び出しがかかった。
「ああ、あんなの提出しちゃったからなあ……」と重い足取りで、先生の部屋に向かった。
そこで、先生は私に精神科に受診することを勧めた。
その先生も、かつて、うつで苦しんだ後、「うつヌケ」した人だった。


漫画の帯には、作者の田中圭一の、こんな言葉が書いてあった。

 本編でも描かせていただいたように、ボクがうつトンネルを脱出するきっかけになったのは、たまたま立ち寄ったコンビニにおいてあった一冊の本『自分の「うつ」を直した精神科医の方法』(宮島賢也著)を手に取ったこと、でした。その一冊との出会いが10年近くうつトンネルを彷徨ったボクを出口へと導いたのです。(中略)そう、ボクだってクリエイターです。マンガという形で宮島賢也さんに借りを返す義務があると思いました。うつトンネルで苦しんでいる多くの人たちにとって、「偶然出会う一冊」を描いて世に出さねばならない、そういう思いから本書執筆に思い至りました。(「あとがき」より)

 義務という言葉は、なんだか鎖にからめられたようなイメージがあって、好きではない。けれど、「うつヌケ」した人なら、現在うつトンネル真っ只中の人に、「出口は必ずある」と言ってあげたい気持ちになるのは、痛いほどわかる。
宮島医師が本を書いたように、田中圭一氏が『うつヌケ』を描いたように、大学の先生が、「消えたい」というレポートを提出した生徒に受診を勧めたように、私もどこかの誰かに、「生きてさえいれば、出口があるよ。」と言いたい気持ちがあって、このブログを書いている。
そういうバトンやたすきのようなものを義務と呼ぶのなら、それは人の心にある、素晴らしい義務だと思う。
本によれば、「他人から必要とされることで『うつヌケ』した」というケースがほとんどだった。これは、うつになったきっかけが「自分は役立たずだ」と思い始めることとリンクしていると思う。実際、私はそうだった。
「人の役に立っていないと、生きている価値がない。」と思ってしまう。これは、ゆがんだ考え方だと私は思う。人の役に立っていようと、立っていなかろうと、人が生きていることには、何の関係もない。そのことを、すべての人たちに知っていてほしい。

  

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なんでもフォーム

*1:もちろん、その視点で描かれた良書です。