闇に色はあるのか 

スーザン・ケインという作家が「内向型人間の時代 社会を静かな人の力」*1を出版し、ベストセラーになった。本の概要は「社会的には外向的な人が評価されるが、内向的な人には外向的な人間にはない強みと能力がある」というものだ。
私はまちがいなく、純度の高い内向型だ。だけど、私は今のところ、強みも能力も実感した事はない。
世界は、まだまだ明るく外向的な人の有利にできている。
ステマも、その受講形態やコミュニティのあり方が、外向型の人にむけて形作られているように思える。そして、私がシステマで見てきた中でも、やはり、物怖じせず人の輪の中に飛び込んで、いつも明るく笑顔で、誰とでも話せる人気者タイプの人が皆から愛され、上達していることが多かったように思えた。 

週末セミナー二日目。
二日目は一日目と比べるとさらに人が少なかった。
この日もスティクを使ったワークがメイン。

 

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ミカエルに指導を受けるザイコフスキー(右)。日本では見られないレアな光景だったので掲載。 

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 〈ザイコフスキーさんについて〉彼はモスクワ本部のインストラクターで、現在多くのクラスを受け持っている方です。日本でも何度もセミナーを開催しています。

 

この人の少なさのおかげで、ミカエルは一人一人に、スティックの指導をすることになった。
ミカエルの分厚い手はスティックを握る私の手を包み、手首の曲げ方、指の一本一本の握り方まで繊細に最適なものへと導いてくれた。

 

(左)筆者 (右)ミカエル

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日本ではこんな細やかな指導をミカエル直々に受ける事はまずできないだろう。
これはシステマを習う人にとって、とてもありがたい事なのに、そのありがたさが私にはわからなかった。
もちろんすごく嬉しいのだけど、その技術がどう素晴らしいのか、わからないのだ。
なんで、わからないんだろう。
ステマの稽古はわけがわからなくて、いつも取り残されていた。そして取り残されることに怯えていた。
セミナー参加者は、情報を日本に持ち帰り、みんなに「シェア」する。
情報は形がない。だから、受け継ぐための、伝えるための、「器」がになる素質がいる。
私は器になれない。
なりたくても、なれない。
何をしても「わからない」からだ。さらにそれを伝えるコミュニケーション能力がない。
それは、つまり、システマをこの先習っても、誰とも素晴らしい「何か」をわかちあうことも、共有することも、できないということじゃないか。
突然、心に闇の色した帳(とばり)が落ちてきた。それと同時に頭の中に声が響いた。「そうだよ。モスクワまで来てようやくわかった?2年の間あがいてみて、まるで成長しなかったじゃない。これ以上、システマを続けてどうするの?」
日本でシステマに通っていた時に、毎週のように聞いていたあの「声」だった。まさか、モスクワで、「声」を聞くとは思わなかった。
日本いる時は、頭の中の「声」に反論して前に突き進んできた。
でも、この時の私は、何一つ言い返せなかった。 

二日目のセミナーが終了した。
私はミカエルに「さようなら」と挨拶をして本部を後にした。
彼に自分の名前を名乗ることは最後までなかった。
もっとも、名乗ったところで、たった二日間の道場の隅っこで物怖じしてほとんど何もできなかった日本人の名前なんて覚えていないだろう。 

セミナー中からとてつもない疲労に襲われていた。
Nさんがこの日も親切にモスクワ観光を誘ってくれてうれしかったが、辞退した。
ホテルに逃げるように帰った。
シャワーを浴びて、少し横になりたかった。
ステマのマスター*2の言葉に「know yourself」というのがある。直訳すると「己を知れ」だ。
私は、ようやく、嫌と言うほど自分と言うものを自覚した。
教えられてもまったく理解できない、空気も読めない、人の親切もわからない。
禍々しい生き物、それが私だった。
私はここで何をしているのだろうか。
ステマに初めて触れた日に、同じことを心の中でつぶやいた。
でも、あの時のものと意味が違う。 

このまま消えてしまいたかった。自分が生まれてきた事も、してきた事も、他の人の頭の中にある私という人間についての記憶も、世界からすべて消去して欲しかった。
いやな感情が間欠泉のごとく湧き上がってきて、気がついたら大泣きしていた。

 大泣きの図 あ~んまりだ~!!

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まさか、ここにきて精神闇堕ち展開。

 

 

 

ところで、映像ではなく、文章だから正直に書きますが、この大泣き中、全裸でした。シャワーを浴びようと思っていたので。
「うれし泣き」「男泣き」という言葉があるけれど「全裸泣き」という言葉、あるのだろうか。ないのなら誰か辞書に載せるべきだと思う。きっと世界のどこかで今日も誰かが全裸で泣いている。 

 

せめてパンツくらい履いて泣けばいいのに。

 

 

 

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なんでもフォーム

*1:のちに「内向型人間のすごい力 静かな人が世界を変える」として文庫化。

*2:ステマでマスターの肩書があるのは創始者ミカエルとトロント本部のブラディミアの二人だけです。