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私の居場所、還る場所

システマ ロシア旅行

 モスクワ最終日。
ホテルの朝食ビッフェに行った。
ビッフェ会場を仕切っている従業員の女性に、ルームナンバーを告げようとすると「知ってる、406号室でしょ?」と彼女は微笑んだ。
この3日、私を含め、彼女はどの宿泊者にも笑顔を見せたことがないので、ちょっと驚いた。*1よく考えると、朝食ビッフェの始まる8時ぴったりに現れ、他の宿泊客は軽く済ませて席を立つ中、居座って何度もおかわりを繰り返す宿泊客は、私くらいしかいなかった。
顔とルームナンバーを覚えられた事はうれしかったけど、それが「大食い」のせいだと思うと恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
顔から火が出ようが食欲は失せないけど。

406号室の客は良く食う客だ。

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本部はセミナーが終わり、通常のスケジュールに戻っていた。
月曜午前にザイコフスキー(以下ザイコ)の担当するクラスがある。
前日、心がぐわんぐわんと揺れた事もあって、このザイコクラスに出るか出まいか迷っていた。
出るとしたら、ザイコに強く師事しているNさんは必ず出席するだろうから、彼女に会うことになる。
Nさんの親切な誘いに、ひどく大人げない断り方をしたのが申し訳なくて、どんな態度で接したらいいのか、わからない。
チェックアウトは12時。空港に着かなくてはいけないのが17時。
スーツケースを引きずりながら過すには、ちょっとしんどい時間だった。
とりあえず、荷物を持って本部に時間まで身を置く事にした。 

ザイコクラスは平日午前ということもあって、人が少なかった。
私は、3日目とはいえ、なかなか場になじめず、やっぱり見学しているつもりだったけど、結局、参加する事になった。
ザイコクラスは、日本のようにインストラクターがその日のテーマを決めて全員がそれをする、という形式ではなかった。ザイコが一人一人に「君は、このワークをやれ」と振り分ける。Nさんいわく、いつもそういう形式らしい。
私とNさんは、ザイコからスティックを一本渡された。
二人でその一本を握り、動かす側と動かされる側に別れ、相手の一番いい体勢を探っていく、というワークをするようにと言われた。
その近くで、ザイコは、活きのいい若者とスパーリングを始めた。
ステマはスパー重視じゃない、ということになっている。けど、やる時はやるのだと知った。
そして、そこでザイコが「フィジカルモンスター」の異名をとる所以をみた。
飛びついてくる若者をホイホイあしらいながらも、私達のワークをしっかり見ているのだ。言い忘れたが、若者と行ってもザイコとほぼ同体型、初心者ではない。
私とNさんが手を止めて話し込んでいると、若者を転がしながらも「おーい、手を止めてないで続けろ。」と指示してくる。

 

若人をあしらうザイコ氏。

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その時間は、自習のようで、授業。遊びのようで、学びだった。
画用紙を一枚渡されて、「このテーマであれば好きな風に絵をかいてよい。」というような、自分で楽しいと感じることを、ただ、作っていく。
私はこの雰囲気が好きになった。 

人が集まって何かを一つのことを行う時、「空気」が生まれる。
「空気」が読めない私は、どんなにそれが自分の好きな事であっても、その「空気」に消耗してしまう事が多々ある。
だけど、このクラスは「空気」そのものが無かった。
よく考えたら「空気を読む」っておかしな言葉だ、空気は読みものじゃない。
吸って吐くものだ。
それでいいような気がした。

 

ザイコクラスの終わりに、日本で聞いた彼の噂についての真偽を、できればこの目で確かめておきたいことがあった。
その噂とは、ザイコは『壁を走る』ことができる、そうだ。日本で先生から聞いた話。

Nさんに英語でザイコに頼んでもらった。
聞くや否やザイコの顔色が変わった。

ザイコ「は?誰から聞いた?そんな事。」

Nさん「日本のインスタラクターの人だそうです。」

ザイコ「フィクションだよ!フィクションっっっ!!も~!!ザイコ激おこだよ!」

と、ぷんすか機嫌を損ねて自室に引っ込んでしまった。(不機嫌「風」であって、本当に怒ってはいないです。一部、私による脳内翻訳が混じっています。)
この3日、モスクワで垣間見た彼の自由気ままな性格から、絶対に不貞腐れると思っていた。案の定といったところでNさんと顔をあわせて、笑った。
その後、Nさんが、ぼそっと「壁を走れるって言っても、4歩くらいタタタって程度だよ。」とつぶやいた。
やっぱり、本当に走れるんだ……。

 

最後にもう一度、モスクワ本部をご紹介。
ロシア国旗とロシア帝国国旗

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道場を見下ろす赤いタペストリーは緑のフロアに映えていた。

 

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スカコヴァヤ三郎(仮名)とは結局、会えずじまい。

 

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室内に金ぴかの看板があることに気が付いた。「общероссийская физкультурно спортивная организация」は直訳すると全ロシアスポーツ団体?表の看板の「ОФССО」はこれのこと?(Сが足らないけど。)

 

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その日の昼食は、Nさんと本部敷地内にある食堂でいただいた。
安くて量があって美味しかった。モスクワ本部に来た方、おすすめです。

 

サラダもパンもスープもメインも全部美味しかった!

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食堂で、Nさんがシステマをやりこむ転機となった話をしてくれた。ここには書かないけれど、素敵な話だった。  

武術、格闘技を習っている人にとっては本部道場というと、厳かな場所であるはずなのに、私にとって、モスクワ本部は、「ただ、在る。」それだけの場所だった。
そして私も「ただ、いた。」のだった。
とりあえずシステマは、それでいいような気がした。

 

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Nさんは、アエロエクスプレスのホームまでわざわざ、私を見送りについてきてくれた。
彼女は私が車内の席に着くのを見届けると、踵を返して駅の建物の中へ向かった。
今度は私は列車の中から、窓ごしに後姿を見送った。
彼女の背中は、分厚いピンクのダウンコートで、むくむくしていた。これから本格的に寒くなるモスクワの冬に備えて、この町で買ったものだという。
彼女の滞在は、まだ続く。最後まで、病気や怪我なく、楽しんできてほしい、なんて思ったころ、ピンクの背中は建物の中に消えた。
彼女に、日本で、モスクワで、また会えるだろうか。
もちろん、また会いたいとは思うけれど、二度と会えなくても、名残惜しくは無かった。
彼女とはモスクワ本部で、そこでしかない時間を共有した。
それでいいような気がした。

 Nさんが去った後のホーム。なんだか、寂しい気持ちになってなんとなく撮ってしまった。

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シェレメチェボ空港再び。

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帰路はひっくりかえした、おもちゃ箱の中身を一つ一つ、拾ってしまうような、淡々としたものだった。
ロシアから去る寂寥感も、住み慣れた日本に帰る安心感も、私の心にはない。
ただ、システマを習い始めてから、モスクワにいこうと思い、そのの道のりまでが私の中で混沌とし過ぎていたので、それらがすべて収束していく感じはした。
日本に戻ったら、先生になんて報告しよう。お世話になった人々にどんな御礼をしよう。
もっとも、私は一人で勝手にモスクワ本部に行っただけで、日本のシステマになにか貢献できることは一つもないのだけれど。

 

ここまで書いたことは、長い年月、人を避けて引きこもるように過してきた私が、どういうわけかロシアの武術システマを習うことをきっかけに、その本部があるモスクワまで一人で海外旅行に行って帰ってくるという、本当にただそれだけのお話だった。

すべて、それでいいような気がした。

 

(次回はこの旅行の総括です。)

 

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なんでもフォーム

*1:ロシアの接客は「笑顔」をみせることは、まずありません。いろいろ調べると「笑顔で接客」が基本なのは世界でも日本のみらしいです。