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模造の刃がある暮らし

システマ

ステマのトレーニングナイフを買った。
実は、システマを習い始めてから、自分のトレーニングナイフを持ったことがなかった。
習い始めて、定期的に通うようになった人は、ほぼ全員、マイナイフを持つ。その中で、私はずっと、3年近くもナイフを持たずにきた。
理由というか、いいわけというか、私は、あまりにもシステマの才能がないので、すぐに辞める時がくるだろうと思って、買わないでいた。辞めてしまったら、刃がひいてあるトレーニングナイフは何にも使えない。
トレーニングナイフは、稽古で毎回使うわけではないし、持っていなくても無料で貸してもらえる。それに、システマ専用のトレーニングナイフでなくてはならないという決まりもない。唯一、条件と言えば刃の部分が(もちろん安全のため刃がひいてあって)アルミかステンレスであれば、どこのものでもいい。そういうものなので、「まあ、買わなくていいかな」で、今日まできた。
なのに、なぜか買ってしまった。 

みぞれの降る、とても寒い稽古日だった。
先生が「数か月ぶりにトレーニングナイフがロシアから届いた。」と、大量入荷したナイフをずらりと並べた。
先生は、こんな風に本部から不定期に、武器を輸入して販売する(こう書くと、なんだかシンジケートみたいですね)。今回も、買う気はまったくなかったけど、ずらりと並ぶナイフの中に、どういうわけか「あ、私のナイフだ。」と思うものが一本あった。他のものと違うところなんて、ナイフの柄に巻いてある紐の色だけなのに、なぜかそう思った。*1
その日の所持金は参加費を払ったら残りは千円くらいだったので(いい大人なのに!)、先生に「今日は持ち合わせがないので、このナイフを取り置きしてもらえますか。」と頼んでみた。相変わらず先生は、こういうところに無頓着で、「お金は次回でいいから、持っていっていいよ。」と言ってくれた。私は「ツケ」とかは苦手なのだけど、この日はお言葉に甘え、ナイフを持ち帰った。(今思えばコンビニのATMに走ればよかった。)
こうして、ようやくマイナイフを手に入れたわけだけれど、その日から稽古通いのバッグから、ナイフを出す気が、まったくおきなかった。
「刃物」には用途がある。
包丁は料理を作るためだし、カッターやハサミは工作のためのもの。剃刀は身だしなみのためのもので、鎌や鉈は草木を刈るためのもの。そして、ナイフは、人を殺めるためもの。刃物の中でも、人を生かすためのものではない。
自宅に、トレーニング用とはいえ、人を殺める用途のものがあることが、なんだか落ち着かなかった。やっぱり、なくても困るものではないし、これからも稽古の時はレンタルでいけばいい。次に先生に会った時、ムっとされても返品しようと決めた。
ナイフをビニール袋から出していない「未使用」であることを確認しようと、バッグからトレーニングナイフを出した。
そこには、いつも稽古で使うものと同じ形のナイフがあったけど、どういうわけか「あ、私のナイフだ。」と、またもや、思った。
そう思ったら、自宅にナイフをおくことに揺れていた気持ちが、どこかに行ってしまった。 

ナイフの用途は、人を殺めるためのものだと言った。でも、刃物そのものに意思はない。用途は刃物には使う人間の意思で決まる。包丁だって、カッターだって、ハサミだって、剃刀、鎌、鉈だって、その意思で人を殺めるものとなる。
ならば、ナイフも、使う人間の意思で人を生かすものになるかもしれない。
それを刃を引いた“何にも使えない”ナイフから、学んでいこうと思う。
私は自分の暮らしに、模造の刃をむかえようと決めた。
”何も使えない”から、生まれる何かを信じて。

 ところで、先生にナイフの値段を聞くの忘れてたことに気づいた。
トレーニングナイフって大体いくらなのだろうか?相場がわからない!

 

 

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*1:柄の紐の色も特別好きという色ではなかった。