ゴジラってなんなのか。その2

ゴジラは神なのか?
シン・ゴジラの好き勝手考察の続きです。
今回はゴジラの存在について考えてみます。
シン・ゴジラ「シン」は新とか真とか神の意味だとか言われているそうですが、映画の文脈からすると、やっぱり「神」としてのゴジラの意味合いが強いんじゃないかと思います。
ゴジラの正体は古代から生息していた海底生物が不法投棄された放射性物質を食べて変異したもの、と劇中でレポートがあります。
その調査をした牧悟郎教授が自分の故郷で荒ぶる神を意味する「呉璽羅」(←暴走族の当て字っぽいですね)と名付けている。
ゴジラに血液凝固剤を飲ませる作戦名が「ヤシオリ作戦」。ヤシオリはヤマタノオロチを倒すために飲ませたお酒の名前です。
また、庵野秀明エヴァの使徒(神とはちょっと意味合いが違いますが)としてゴジラを描いているフシがある。劇中でゴジラの遺伝子情報が人間の8倍という結果について矢口が「人類にとっては福音だ」と言いました。この「福音」というキーワードに反応した人もかなりいたはず。福音はたぶんラテン語だったと思うんですけど(またあいまいな…)、翻訳すると「エヴァンジェル」。エヴァンゲリオンの語源です。
そもそも神話において、神として巨大な生物がある日突然現れて人類を蹂躙するというストーリーが各所で見られます。
有名なのが旧約聖書ヨブ記に出てくる「リヴァイアサン」。
とてつもなく硬くて剣も槍も通じず、口から炎を吐くという。まさにゴジラですね。

神を演じる

エンドロールでも怒涛の50音順の最後に、野村萬斎だけ特別にクレジットされていました。のちにゴジラモーションキャプチャモデルとしてキャスティングされたのが野村萬斎だったと発表がありました。
野村萬斎陰陽師になって京都を守ったりゴジラになって東京を焼いたり、なんて忙しいんでしょう。
それはともかく、古典芸能の演目には、物の怪、異形のもの、異界からきたものの、がよく登場します。演者はそれを動作、音、をその身一つで演じます。(能もそうですね)
私は小学生の時、授業のプログラムで狂言を観たことがありました。
場所は小学校の体育館。演目は有名な「附子(ぶす)」。演目の前に狂言師の方たちが、狂言を面白おかしく解説してくれました。
演者は動作はもちろん効果音もすべて自ら作り出して、ないものを「在る」ものにしてしまう。大道具や舞台装置もなにもない体育館での公演でしたが、そこは劇場と化した記憶があります。
なにもないグリーンバックの前で、「神」の動作をしてくださいといわれて、それができるのは古典芸能の舞台で研鑽を積んできた狂言師というのも、納得がいった次第です。

結局ゴジラはなんだったの?

ゴジラが一般的な「生物」だったなら、行動の第一目的は「捕食」と「繁殖」。でも、それは前回の考察で「ない」という(私の)結果になりました。
じゃあ、なにしに東京都内に上陸したの?って話ですよね。
もしかしたら箱根に向かっていたんでしょうか。箱根の地下にあるセントラルドグマリリスに会いに、とか。さすがにエヴァと混じりすぎですね。
何が目的かさっぱりわからない。牧五郎の思念のようなものがゴジラに取り込まれて日本を、日本人を試したかった、といった考察もあるようですが、ここにきてそれはちょっとスピリチュアルすぎる気がします。
膨大なエネルギーを放出するためのお散歩?ならば海の中で泳いでいる方がいい運動になると思うんですけど。この点はいまだに考察中です。
それより凍結したゴジラはどうなっちゃうんでしょうかね。現実的な路線でいうと、アメリカがゴジラ丸ごと回収しておしまいってとこなんでしょうけど。