厄日の終わり

全身が震えた。
旅行の手引きなどには「クレジットカードを紛失した場合」の項が必ずある。まさか自分が、それに当てはまるときが来るとは思わなかった。
どこでなくしたのだろうか。夜のクラスが終わった後、更衣室の電気がどこかわからなかったので暗闇の中で着替えた。その時だろうか。もしくは帰り道、落としたか。
今から本部道場に戻るにしても時間が遅すぎる。電話をかけたいけれど、この時間は誰もいないだろう。かけたところで言葉が通じない。
自分を責めた。なんでもっとしっかり貴重品のケースを管理していなかったのか。
なんでなんでどうしてどうしてと心がどん底に落ちていく感覚がした。
そんな中、『今の自分は、動揺しているだけで、何もしていないのでは?』と我に返った。
まがりなりにもシステマを習っているので、動揺の中にも一点だけ冷静な部分が残っていて、それが他人事のように私に問いかけたのだ。
「そうだ、とりあえず、落ち着こう」と自分に言い聞かせた。
まずは落ち着くこと。今は多少時間をロスしても、落ち着くことに全力集中しよう。そして、ある程度でいいから落ち着いたら、一刻も早くカードを止めるため動こう。自分を責めるのと落ち込むのは後でもできる。
考えることをやめ呼吸することだけに数分費やした。やがて、なんとなくだけど「動ける」と確信できる時が来たので、ホテルのフロントに向かった。
フロントで電話を貸してもらい、カードをすべて止めた。幸い、カート停止の手続した時点で、誰かに使われた形跡はなかった。

私は内向的でネガティブだと、以前からこのブログで書いている。そのネガティブの部分が功を奏したのか、万が一を思って、クレジットカードの会社の電話番号をすべてメモで控えていた。おかげで手続きはすんなり終わった。ネガティブも時には役に立つ。

部屋に戻るとSさん*1から、スマホにメッセージが届いていた。
実は、Sさんからホテルのフロントに行く直前に「モスクワはどうですか?」といったメッセージをもらっていた。その返信で、カードをなくしたことを告げたので*2、その後を心配しての追加メッセージだった。
「誰にも迷惑かけたくないから」と、基本単独行動をしている私だけど、誰か心配してくれる人がいるというだけで、こんなに安心できるものなのかと思った。
Sさんに心配かけっぱなしではいけないので、カードの手続きが済んだことを送信した。
シャワーを浴びる気力もなかった。そうなると、後はもう眠るしかやることがない。
この動揺を引きずった状態で、眠れるかなと思ったけど、今日一日の出来事で身体は相当疲れていたようで、すんなりと眠りに落ちた。

 

翌朝、目が覚めて、やっぱりどうしてもクレジットカードをなくしたとは思えなくて、カバンの中を探ったら、カードケースはあっさりとみつかった。
旅行のため新しく買ったカバンには私が気づかなかったポケットがあって、カードケースはその中にあった。たぶん、頭がボ~っとしている時に手探りでそのポケットにカードケースを入れてしまったのだと思う。
海外の治安がどうのとか、あれこれ不安がる以前に、一番の敵はぼんやりした自分自身だったのだ。
ことの顛末のあまりのくだらなさに、私は朝日の中でへらへらと笑った。
気が済むまで笑ったら、後回しを予定していた、自分を責めることと落ち込むことはどこかにいってしまった。

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*1:前回のロシア旅行参照

*2:冷静だったら黙っていると思いますが動揺が収まらなかった時でカードをなくしたことを正直に返信してしまったのだと思われます。